2011年5月に最終回を迎えた、「昭和の着物語り・今よみがえる90年前の色彩」では、栗谷家に伝わる大正から昭和初期の着物をご紹介いたしました。
引き続き、2011年7月より昭和40~50年代を中心に「昭和時代の着物」をご紹介して、はや1年が経過いたしました。
2012年7月からは、昨年ご紹介した帯には着物を、着物には帯を合わせてコーディネートした形でご覧頂きます。
【昭和の着物語りー季節の特集】
水無月(六月)◆【水辺模様単衣訪問着】に【如源の鮎模様昼夜帯】
安部麗子(あき渋谷店店長)所蔵
井の頭線沿いの紫陽花が咲き始めました。
これからしばらくの間、雨に濡れる紫陽花やライトアップされた夜の紫陽花などが
様々な表情で私たちの目を楽しませてくれます。
今月ご紹介する如源(にょげん)の昼夜帯は、「昭和の着物語りー今よみがえる90年前の色彩」の栗谷家から頂戴したものです。
大正時代から昭和にかけて、栗谷 絹様の母上様が着用されたのだと思いますが、今となっては帯の由緒来歴を聞くすべもございません。
昼夜帯は、明治から昭和初期にかけて花柳界や粋筋に大流行しました。昼夜帯とは表と裏を違う素材や模様を合わせて芯を入れて仕立てた帯で別名「腹合わせ帯」あるいは裏と表が鯨の腹と背中の色彩に似ているところから「鯨帯」ともいわれます。いわゆるリバーシブルの帯です。
友人の栗谷恵子さんからお聞きしたところでは、絹様のお父様は、花柳界にしばしば足を運ばれたそうです。
その影響で栗谷家は、東京の洗練された粋な着物ファッションのファミリーであったかと想像しています。
「如源の帯」といえば、黒地のたれ先に、源如(右からにょげんと読みます)と金陵のブランドマークが付いた朱子織の帯を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
今回ご紹介する昼夜帯は、裏は黒、表は絽の白つるばみ色地に鮎模様の夏帯になります。
今年は、昨年6月にご紹介した「水辺模様単衣訪問着」に「鮎の昼夜帯」を合わせたコーディネートです。
(2012年掲載の「水辺模様単衣訪問着」のコメントは下方にあります。)
◆「鮎模様―如源の昼夜帯です。
◆表は白つるばみ色の絽の生地に、投網にかかった鮎の手描き染です。
手描きの鮎には更に刺繍が施されています。
活きの良い鮎が今にも網から弾け出しそうですね。
三夏の季語「鮎」を描いた粋でおしゃれな夏帯です。
◆裏のたれ先の如源のブランドマークです。(源如は右からにょげんと読みます。)
黒地に「源如」の二文字、その右に赤の朱印、「金陵」の文字を唐草で囲んだデザインで、黒地に赤が映えることから特に粋筋の方に好まれたようです。
◆水辺模様の着物に鮎の昼夜帯を合わせ、物語性のあるコーディネートになりました。
◆バストアップです。
◆訪問着に合わせて、帯はお太鼓に結びました。
◆次は結び方を変えて本太鼓に結んだたれ先の様子をご覧下さい。
本太鼓に結ぶと裏のたれ先が出ます。
明石など夏の織の着物には、帯結びを変えて角出しにしたら更に粋になりますね。
☆「昭和の着物語り」は2010年6月に連載を始め、2013年6月で満3年を迎えました。
この間、撮影やネット担当としてお力添え頂いた鈴木健太郎社長、小峰さん、佐々木さん、そして着付担当の「着物レンタルあき渋谷本店」のスタッフたちに心から感謝の意を捧げます。本当にありがとうございました。
振り返ってみると、着物に携わる人間として次の世代の皆様に着物の素晴らしさを微力ながらお伝えしたいとの思いで、この3年間を過ごしました。
実は最近、着物が全て盗難にあって1枚もなくなってしまった夢をみました。
夢の中で私はかなりあわてて、二度と着る事が出来なくなった着物たちに思いを馳せました。後で正夢でなくて良かったとホットしました。
その時改めて、着物によってもたらされた豊かな人生を、思い知らされた次第です。
とりわけ、季節毎に着物を選んで着る楽しさは格別です。
着物の約束事も、時代とともに柔軟になりましたが、基本はしっかりと身につけた上でご自分なりの工夫を試みるとよろしいですね。
どうぞあこがれの着物に触れる機会を数多く持って頂きたいと願っています。
来月7月からは、趣向を変えて、着物や帯にスポットを当てると言うよりは、トータルファッションとして、安部所蔵の季節の着物をご紹介させて頂きます。
最後になりましたが、3年間お読み下さった皆様に深くお礼を申し上げます。
今後も「着物レンタルあき」をよろしくお願い申し上げます。
2013年6月 安部麗子
☆2012年6月掲載の「水辺模様単衣訪問着」池田重子コレクションのコメントはこちらから。
☆過去の「昭和の着物語り」はこちらから
#着物レンタルあきでUPしよう!